唯と阿と相い去ること幾何ぞ

あらゆる競争原理から降りて、何も無くって、おだやか。

お客様ではない人が入り込み大声で騒いで良質なコミュニティを壊す問題

「寿司がくいてーなぁ。お、あそこに有名ラーメン店がある!おい大将、寿司をくれ。なんだと? 有名店のくせに寿司を置いていない? メニューのバリエーションが少ない、駄目ラーメン店だな。爆死www爆死wっw」「うちはラーメン屋なので・・・」

「俺は子供のころから少年ジャンプを読んでる熱烈なファンだけど、最近のジャンプは子供向けの漫画ばかりでダメだ! もっと大人向けの漫画も連載するべき! もっと従来のファンを大事にしないとオワコンwww」 「ウチは少年誌なので・・・・」

近所に住むちょっと頭のおかしい人

近年、お客様ではない人がソコに入り込んで、大声で騒ぎはじめるケースが増えているように感じます。従来であれば、そんな「近所に住むちょっと頭のおかしい人」は お客様センターや近所の交番に誘導すればそれで済んでいたのですが、近年では彼らもネットで結託します。大声をあげて騒ぎ出し、その結果それまであった良質なコミュニティが消失してゆきます。産業も疲弊します。

お客様とは。もしくは一流ホテルのコーヒーが1,500円する理由

お客様とは、ソレに正当な価値を見出し しかるべき対価を払ってくれる人のことを指します。

コンビニの前でオバサンたちの会話を聞いていましたが、言うことに「最近ではコンビニ100円でコーヒーが飲めるから、喫茶店に行く必要がないわね」とのことで、安くコーヒーを飲みたいのであれば家に帰ってインスタントコーヒーを作ればもっと安く済みます。

喫茶店はコーヒーを販売しているのではなく、「コーヒーを美味しく飲める空間」をサービスしています。だからこそ、頭のおかしい人やギャーギャー騒ぐ学生さんが入ってこないようにするために、一流ホテルにある喫茶店ではコーヒーに1,500円の値札がついているわけです。少なくとも、それに価値を見出だせない人や、その対価を支払えない人は、そもそも「お客様」と見なされていないのです。

フェラーリが数千万円するのも同じ理由です。「ブランド価値が下がるので、価値の分からない人は近付かないでください」

千と千尋の神隠し」 と カオナシ

スタジオジブリ 宮崎駿監督の映画「千と千尋の神隠し」、有名な映画なのでもはや詳細な説明は不要でしょうが、以下のような文脈で捉えて見直して観るのも一興ではないでしょうか。

神様をお客様として快適な湯と空間をサービスする「湯屋」に、本来のお客様ではない「カオナシ」が入り込みます。カオナシは砂金を使って影響力を持ち始めます。「千はまだか!千を出せ!」 カオナシは千(千尋)に熱烈な価値を見出していますが、湯屋の空間とサービスにはなんら興味を持っていません。次第にカオナシが大声で暴れ始め、その結果すでにあった良質なコミュニティが壊れ、産業が疲弊します。

物語では、主人公の千尋がカオナシを外に連れ出すことで湯屋の崩壊は免れます。

「お客様ではない人が入り込んで大声で騒ぐ問題」に我々人類はどう対応するべきか。

残念ながら、現実世界に「主人公」はいません。

一流の喫茶店や高級ショットバーであれば「頭のおかしな人」を入れないことで回避出来ます。しかし、コンテンツ産業は一般的にマグチを広く取ります。なかでも任天堂は5to95(5歳から95歳まで)を対象として「ゲーム人口の拡大」を事業の基本戦略に上げているので、「カオナシ」が入り込みがちな構造をもっています。他にはマクドナルドやディズニーなんかも同じ構造を持っています。

お客様ではない人が入り込んで大声で騒ぐ問題。良質なコミュニティが瓦解し産業が疲弊する この問題。

「post-Truth」と「フェイクニュース」の時代、我々はどう対応するべきか、そろそろ真剣に考えなければいけないときが来ているように感じます。

さて、みなさんはどうお考えでしょうか。