唯と阿と相い去ること幾何ぞ

あらゆる競争原理から降りて、何も無くって、おだやか。

Nintendo SwichとNintendo LABO からみえる組織内部の健全性について。子供の頃に欲しかったオモチャを僕はもう覚えていないけれど、いつだって Nintendo が。

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Nintendo LABO の動画をみて。
「そうくるか!」
「その手があったか!」
「どういうこと!?なんで?」
「じゃぁあれもできるんじゃない!?」
www.nintendo.co.jp
多くの人が驚いたんだろうな。

さて本日は、なんのことはない、いろんなものをマネージメントする立場にある人なら共感してもらえるとおもうのだけど、あるプロダクトに機能を足していくのは現場判断で上層部へ提案してゆけばいくらでも実現できるけれど、機能を削ぎ落として洗練させるのは理解あるトップがあってこそだよね、というお話。

「足し(プラス)の製品」は「無能な上司・経営者」がフタになっている証拠

ある製品に対して機能を削ぎ落として洗練させる企画を思いついて、それが絶対に正しいとしても、「よく分かってないけど決裁権だけは握り込んでいる上司」にその案を通していくのは、地獄のように、辛い。
この辺、ある程度サラリーマン経験のある人なら理解いただけるものと思う。
結果として、現場担当者としては、ベストではないけれどベターな案、安全牌、「競合他社製品と同等かちょっと上」の企画を提出することになるし、「無能な上司・経営層」もそんな安全牌しか承認しない。
「うちの製品でもマイナスイオンが出るようにしました!」「ならOK!承認!」

サラリーマンあるある。「じゃぁ、それは”次回へ持ち越す課題“ということで」

「引き(マイナス)の製品」は「分かってる担当者」に正しく「権限委譲」がなされている証拠

逆に「引き(マイナス)の製品」、「削ぎ落として洗練させた製品」は「わかっている上司」がいるか、わかっている担当者に正しく「権限委譲」されていなければ、そうそう簡単に通るものではない。

Sony PlayStation 4Microsoft Xbox One が競合他社の機能を一通り抑えた上でスペック勝負、その一方で。
「ハード性能よりも、”いつでもどこでも誰とでも“ です!」「うん、それいいね!承認!」
ダンボールなんていいんじゃないですか?安いし落書きもできるし、壊れてもなおせるし」「おお、それで行こう!承認!」

枯れた技術の水平思考」という理想を掲げるのは容易いけれど。
「誰もが思いつかなかったこと」
「誰もが思いついてたのに実現しようとしなかったこと」
そこに手を出せるのは正しい場所に正しく決裁権がある証拠。組織が健全である証拠。

そしてなにより、だいの大人がダンボールのオモチャを持ち寄って真剣にミーティングしている様を想像すると、なんとも素敵な会社だなぁと思います。
普通の企業なら「利益の最大化」とかなんとか言っちゃうところを、「驚き」と「笑顔」を優先して追求する任天堂に、なんだか誇りを感じます。

さてみなさんはどうお考えでしょうか?